



暑い夜。窓を開けて寝ようとするも、
入ってくるのは生温かい湿気まじりの風。
幽霊が真横で寝そべっているのではないかとふと思えたり。
夏の夜を涼しく過ごすには、
ちょっとした怪談話でも役に立つ。
今回は、あまり表に出ない山科の心霊ゾーンをご紹介。
東山に多くのお寺が築かれ、今も霊域として多くの人々が訪れるが、その最初に築かれた清水寺の発祥の起源になっているのが、山科盆地東側にそびえる音羽山である。現在はハイキングコースとしても人気のある登山道で、入り口にはミステリアスな「蛇の足」なるものがぶら下がっている。これは、その山麓、小山の集落に鎌倉時代から伝わる奇祭「二の講」という神事の一端で、毎年二月九日に山の神様である大蛇をもち米のワラで作って村に祀る。その足の一本をぶら下げたものだ。この音羽山には人を食い散らす大蛇がいて、それを内海浪介景忠という武士が見事退治したといい、登山途中にはその蛇が最後のとどめを刺された場所に供養塔として大蛇塚が築かれている。ふもとの神事はこの蛇の霊、山の神様の霊をなぐさめるために行われ、鎌倉時代からずっと、現在まで毎年行われている。
また、清水寺縁起で知られる、坂上田村麻呂が身ごもった妻の病気を直そうと鹿の角を求めて入った山もこの音羽山だ。そのとき、修行中の延鎮と出会い、殺生をいさめられ、その教えを有り難く思った田村麻呂は、延鎮に帰依し、彼の為に都に近い山際に寺を建てた。それが清水寺だ。延鎮が修行していたのは、「音羽の滝」で、清水寺境内に有名なものがあるが、本当の清流の「音羽の滝」は山科音羽山にある。音羽山はその山麓にある牛尾観音法厳寺の寺伝によると、紀元前29年という相当古くから山岳信仰者の間で聖地として信仰されてきた場所で、延鎮や彼が心の師と仰いでいた行叡も、この音羽山に籠り、修行をしていたという。
延鎮がこの山へやって来たいきさつも、また霊的である。奈良にいた延鎮は、夢で行叡が修行する滝の風景を見る。その場所をインスピレーションのままに探し当てるべく奈良街道を北上して、この音羽山に迷い込む。そこに、金色に光る音羽の滝を発見し、そこで夢の人物、行叡に出会うも、彼の姿は一瞬にして煙と消えてしまう。行叡というのは、仙人さながらの過去の行者で、もはやこの世にはいない存在。この山に籠り、一念の魂となって、延鎮をはるばる奈良からこの地へ呼んだのだ。なんとも壮大なストーリーで、わくわくしてしまう。その後、延鎮はいつか自分の寺を持ちたいと思いながらその山で何十年も修行を続け、そんな折、坂上田村麻呂と出会ったのだ。さわやかな清流を遡って、涼しい風を感じながら牛尾観音に参れば、地道な努力の末の大逆転の勝利が約束されているかもしれない。
(写真・文 小谷 昌代)