



真夏の太陽輝く青空に似合うといえば、
赤紫色のちりちりした花弁をもつサルスベリ。
8月中旬から下旬にかけて、山科駅北側の住宅街では
その花があちらこちらで咲き誇っています。
友人が「家守綺譚(いえもりきたん)」という梨木香歩(なしきかほ)さんの小説を貸してくれました。学生時代はこの山科にお住まいで、一時京都のまち中へ引っ越されていましたが、縁あってつい先日、また山科の住民となられた方で、「この本、大好きで昔から持ってたんですけれど、これって、どうやら山科のことが書かれてるみたいなんです! ご存知ですか?」彼女が少々興奮気味で訴えてくるので、本当はどんな内容が書かれているのか、かなり気になったけれども、「ふーん?」と、そんなに関心を見せることは敢えて押さえて見せつつ、パラパラとページをめくってみました。とたん、最初の二行に描写された主人公が住まうその庭が、筆者が小さい頃遊んだ、幼なじみのお家の庭だとすぐにわかりました。ふいをつかれた初め二行に、こちらもすぐさま興奮状態入りしましたが、敢えてそれをおさえて読み進めたところ、進むほどに知っている情景に出会います。作者の描き出す世界とこちらの脳裏に過去から浮かび上がる世界が一つにつながってゆくようで、異様な優越感に包まれた感じが心地よく、友人の存在はそっちのけで懐かしい記憶と見慣れた情景を文字の中に探しました。このあたりの住民にとっての母なるナイル、「疏水」という言葉も幾度となく現れ、『この作家さんは、きっとこの地に魅了されたのだろうな〜。一度地元のタウン誌に寄稿してほしいな〜(できれば安朱好きのヨシミで)』などと、勝手な考えを思いめぐらせながら、横にいる友人に「間違いなく山科が舞台、私のおうちの近くだよ」と返答しておきました。パラパラと読んだ第一話は「サルスベリ」という題名でした。
その翌日、いつものように宇治の黄檗まで黄色の軽自動車で仕事に出かけ、いつもより少し早い時間、まだ明るいうちに帰れたので、諸羽神社の近くの宝篋印塔にお参りしてから帰ることにしました。参道を行くと、突然、フロントガラス全面に満開のサルスベリ。思わず、いったんブレーキをかけてしまいました。夕焼けにはまだ少し早い、金色に輝きはじめた薄青空に映える濃赤紫の巨木...。「サルスベリ、昨日読んだとこだ...しかもこんなに大きな。」ちょっとした感動を味わって、宝篋印塔へのお参りを済ませ、帰宅しました。その距離ほんの600mほど。時間にしておおよそ2分ほどですが、そのわずかの間に、黄色の軽自動車のフロントガラスは、10本ものサルスベリをとらえ、運転手は驚きを隠さずにはおれませんでした。毎日通っている道のはずなのに、朝は遅刻しないことに頭がいっぱいで、眼は花も、色をも見ておらず、帰りは帰りで夜の帳が、花の色を隠していたようです。
それにしても、この安朱というところは、ほとんどのお宅の庭にサルスベリの木が植わっている。確かに、庭木としてはとってもポピュラーな木で、江戸時代から日本に伝わり好まれたらしいので、近所のあちこちに植わっていたからといって、とりたてて珍しいものでもないかもしれません。ですが、なぜだかサルスベリの由縁が気になって、ウェブ検索で引くことにしました。すると、『中国では唐代長安の宮廷に多く植えられたため紫薇(しび)と呼ばれる』とありました。
偶然とはいえ、小説に描かれた庭は、唐の時代、日本では平安時代に仁明天皇の第四皇子、人康親王(さねやすしんのう)が目を悪くして宮廷を退き、晩年をひっそりと暮らした隠棲御所と伝わる場所でした。そんな事実を並べられたら、ついつい、「意外と、唐代に伝わった紫薇(サルスベリ)が種をまき散らしまき散らし、その子孫を絶やさずに生き延びてきた木もあるのかも!?」なんて、おあとが良ろし過ぎるでしょうか。