HOME  >  BLOG  >  琵琶湖疏水に沿って。  6. 小関越えへ(大津〜小関越え編)

ブログ

琵琶湖疏水に沿って。  6. 小関越えへ(大津〜小関越え編)


足下深く地底には、運河の水流。
琵琶湖疏水工事最大の難関、第一トンネルに思いを馳せて。

koseki1.jpg

6 小関越えへ(大津〜小関越え編)

  4月上旬、大津運河第一トンネル西口周辺は桜一色。トンネル入り口付近の真上の山一帯には三井寺の境内が広がっていて、関西屈指の桜の名所となっている。時間があれば、大津運河散策のついでに散策してみるのもいい。運河は鹿関橋を越えると徐々に深く掘り下げられ、明治のロマンを感じさせる洒落た鉄柵の合間から随分下の方に水の流れが見える。急斜面の草の土手に木立が茂り、頃合い良く日の光を透かしている。運河に沿った2本の道筋は、洞門の真上でコの字型結ばれ、右岸は三尾神社の参道へもつながっていて、左岸は小関越えへと続く山際の道筋になっている。小関越えは、東海道が主要街道となる平安時代以前に栄えた道。福井や越前など北陸方面と都をつなぐ由緒ある道筋で、古くから多くの旅人が行き交った。

koseki2.jpg

 歩いて越えても30分ほどの小さな峠、登り口には小関天満宮がある。案内役の中西さんは「『山路来てなにやらゆかしすみれ草』と刻まれた芭蕉の句碑があるよ」と木陰の石を指差して教えてくれた。一休みに腰を降ろした石のきわにスミレを見つけて、ほっと心が安らいだのだろう、古道を歩くと何百年の時でさえ、ふと逆戻りしたかのような感覚に出会うことがある。芭蕉も異空間に漂うようなそんな旅ならではの感覚が好きだったに違いない。

koseki3.jpg

 小関天満宮から等正寺と新光寺の間を通って峠ふもとの集落を行くと、やがて緑の深い峠らしい道を上る。山頂までは幅の広い舗装道路になっていて、広々として気持ちのよい道だ。時折、車が飛ばして通り過ぎることがあるので、気をつけたい。ゆるやかなカーブから峠へ向かって一直線になると、坂が少しずつきつくなってくる。途中、右側には三井寺へと続く山道への分かれ道があったが、知らなければ見過ごしてしまう。しんどいなあと思い始めた頃合いに、すぐ道は平坦となり、この峠のてっぺんに建つ喜一堂にたどり着く。道路工事のときに見つかったお地蔵様を集めて、平成元年に地元の方々がこしらえたお堂だそうだ。その向かい側には、山水が汲める場所がある。そこから、広い舗装の道を降りても藤尾へたどりつくが遠回り。車も通るし、琵琶湖疏水遺構散策と銘打つなら、左へと反れる小関越えの古道へぜひ。

 工事で最も難関だった第一トンネルは、大津から山科へとまっすぐに結んでいる。工事開始の明治23年当時には例をみない大工事で、全長約2.5kmのトンネルの途中に竪坑という巨大な竪穴を掘り、両端と中央部の3カ所から掘り進めた。人が乗り降りできるエレベーターのような木製の大掛かりな道具を使って、地中深くの現場とを結び、土砂や人足を運んだ。岡崎の水道記念館には、その様子が緻密に描かれた絵が展示されているので、機会があればぜひ見ておきたい。小関越えの古道を下ってきて、藤尾の集落に入る手前200メートルほどの左手に、竪坑が見下ろせる場所がある。夏場は葉が覆い茂り気付きにくいが、相当大きな赤煉瓦の円柱型建造物なので、注意していればすぐにそれとわかる。

 筆者が子どもの頃には途中に茶畑もあって、まだ平安時代からの古道の雰囲気が随分と残っていたが、現在は少し荒れた感じは否めず、中西さんも「せっかくの散策道なのだから、なんとか整備されればよいのに」と嘆いておられた。諦めきれず目を凝らし、荒れた茂みを探しながら歩いていると、見覚えのある、色濃いツヤのある肉厚の葉を発見。枯れたツタや違法投棄された粗大ゴミにまみれてはいたが、まだ確かに茶の木々は茂っていた。嬉しいような悲しいような。今年平成22年は、疏水開設120周年。これを期にたくさんの人がこの道を訪れるようになり、懐かしい気分の味わえる情緒ある散策道として、蘇ってほしいものだ。

koseki4.jpgkoseki5.jpg
このページの先頭へ

Copyright © KYOTO YAMASHINA INDUSTRIAL PROJECT "en". All Rights Reserved.