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琵琶湖疏水に沿って。  4. 三保ヶ崎の浮見堂(大津〜小関越え編)

漕ぎ出でし若き船戦士の思い出の小屋と
母なるうみの水量を測る浮見の塔。

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4 三保ヶ崎の浮見堂(大津〜小関越え編)

 大津港より国道を少し西北へたどった三保ヶ先埠頭での観光ポイントは二つ。疏水取水口の湖岸に浮見堂のように突き出た量水計と旧第三高等学校漕艇部の艇庫の跡。今でいう京都大学ボート部の前身にあたり、第一築地の芝生に築かれた琵琶湖周航歌の石碑は、この艇庫跡にちなむ。

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板きれで建てた古びた小屋の入り口には白い文字で三高と書 かれ、石碑がある芝生の先にあった。錠前が外れて少し扉が開いている。戸口の前に乗用車が一台停まっていたのでおそらく部のOBか誰かが余暇を楽しみに来ているのだろう。おそるおそる中をのぞいてみると、水辺へとつながる大きな階段状の部屋になっていて、外から見るよりもうんと広く、がらーんとした空間にロープや浮き輪、工具などこまごました道具が無造作に散らばった打ちっぱなしのコンクリート床の上にヨットが一台置かれ、ひんやりとした空気が底から漂ってくる。その先では扉が開け放たれていて、明るくてまぶしい水面と一艘のヨットが見えた。乗り手二人の黒い影が水面からの逆行の光を浴びて、出航の準備か、ゆっくりと動いている。中に入って話を聞こうかとも思ったが、覗き見している罪悪感もあって、たまたま見れた小屋の中の映像を脳裏に焼き付けた。

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 案内役を引き受けてくれている「琵琶湖疏水を語る部屋」の中西一彌さんが次に案内してくれたのは、第一築地に設置されているという量水計だった。築地の東側は植樹された木々が生い茂って、波間が見えづらい。中西さんは昔の記憶を頼りに量水計がよく見える場所へ案内してくれた。埠頭から人ひとりが通れる通路橋が渡してあり、その先にお堂のような和風の建物を模した管理棟が見えた。中西さんの説明では、平成4年に琵琶湖の5カ所に設置された水位測定施設の一つだという。それまでは瀬田の唐橋にある量水計一基で測っていたから格段に精度が上がったわけだ。唐橋の量水計は、明治7年にオランダ人技師の指導のもと設置されたが、明治33年には自記水位計となり、それから118年間にわたって水位を刻み続けた。
 三保ヶ崎の浮見堂を背にして国道の向こう側には京都市水道局の取水施設が建っている。この取水口から県境の山々をくぐり山科の山裾に沿い日ノ岡のトンネルを抜けて遥々京都の街まで。いよいよ琵琶湖疏水の旅が始まる。shusuishisetsu.jpg
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